景色が見えたら、止まれない。
― 自分らしく表現し、仲間とともに生みだす ―
フォトグラファー・イベントプロデューサー・アパレルプロデューサー……。
一見関わりのなさそうな肩書きをいくつも持ち、それぞれの分野で実績を出しているMilla Couture代表 小堀美沙紀さん。
この情熱はどこから来て、どのようにかたちになってきたのでしょうか。
インタビューライターがお話を伺いました。

ママから起業。「お母さんも楽しんでいい」と言いたくて
――美沙紀さんは実にたくさんの肩書きをお持ちですが、事業のスタートは何からだったのですか?
最初は、ベビーダンス教室でした。当時は、子育てをしながら“ちょうどよく働く”のが難しい時代。ママ友が、地域コミュニティで英語を教えている姿を見て、「自分の“好き”を活かす働き方があるんだ」と知ったんです。私も彼女のように、個人事業主として何かを始められたらいいな、と起業しました。
中学校の頃からアクターズスクールで歌とダンスを習い、大学卒業までダンスに熱中してきた私にとって、できることと言えばダンスしかない、とたどり着いたのです。
――どんな気持ちでベビーダンス教室を経営されていたんですか?
大切にしたのは、“お母さん自身が楽しめる居場所”をつくること。私自身、子どもを通じて友だちができて、どこか満たされなかった毎日が一気に楽しくなったんです。だから、同じように感じている人たちに「お母さんも楽しんでいいんやで!!」と伝えたかった。
26歳で結婚・出産し、ロールモデルが近くにいなかった私は、自分の母をお手本にするしかありませんでした。昭和のお母さんって、仕事も家事も完璧で、子どもが小さいうちは飲みにも行かない。そんな姿を“理想像”にして、「自分もそうしないと」と思い込んでいたんです。自由奔放だった独身時代とのギャップに、息苦しさを感じていました。
だからベビーダンスをツールに、昔の私のように感じているお母さんの居場所ができればいいなと思っていました。
――そこからどういう流れでフォトグラファーに?
フォトグラファーとしての原点は、私自身が「撮ってもらって救われた」体験にあります。
二人目妊娠中、つわりと長男のイヤイヤ期が重なって心が折れそうだった頃、マタニティフォトを撮ってもらったんです。そこに写っていた私は、ちゃんと笑って子どもに向きあっていました。「私、怒ってばかりじゃなかったんだ」と、その1枚に救われたのです。
自分にスポットライトが当たるなんて、思い出せないくらい久しぶりで、自分だけのために時間を使ってもらえることが、涙が出るほど嬉しかった。
そこから写真を学び、ベビー教室の子どもたちを撮るうちに、少しずつ仕事になっていきました。

女性たちの魅力を引き出す仕事に、舵を切る
――最初はファミリーフォトが中心だったのですね。
はい。でも2017年頃、SNSを活用して起業する女性が増え、ポートレート撮影の依頼が増えました。
私が本来寄り添いたいのは、お母さんである女性たち。「この仕事なら、女性が楽しく生きることを全力でサポートできる」と感じ、フォトグラファーに専念することを決めました。
当時は、自分のために写真を撮ってもらうことに抵抗を感じ、「もうお母さんだし」「もういい年だし」と口にする女性も少なくありませんでした。でも、仕上がった写真を見て言うんです。「あれ……私、まだきれいかも?」
その瞬間から表情も気持ちも行動も変わって、羽ばたいていく姿を何度も見てきました。
――写真を撮ることで、女性たちが自分の魅力に気づくきっかけを提供していたのですね。
セルフイメージが上がれば、人は自然と動き出します。カメラはツールで、私がやっていることの本質は女性の魅力を引き出すことなのだと確信しました。
撮影してもらった女性たちが、ドキドキしながらその写真をSNSに投稿すると、コメント欄に「素敵!」「かわいい!」「キレイ!」の声があふれます。するとそれが自信になって、みんなどんどん変わっていくんです。
その様子を見て、「まるで二次元で舞台に立っているみたい。この光景、SNSの中だけにしておくのはもったいない」って思いました。
そこで生まれたのが、一般女性がドレスでランウェイを歩くショー『DRESSCHANGE』、通称ドレチェンです。変わっていくプロセスも含めて、リアルな世界でスポットライトが当たる世界をつくりたい。そんな想いから企画しました。

景色が見えたら、やるしかない
――ドレチェンの企画が誕生した経緯は、美沙紀さんが新しい事業にチャレンジする、象徴的なエピソードのような気がします。
日常の中で何かを体験して、「これ楽しそう!」「私もやりたい!」って心が動いた瞬間にスイッチが入るんです。そこから「どうやったらこれを人にも体験させてあげられるかな?」って考えはじめる。
「こんな景色を見たい」というビジョンができると、視界がぱっとクリアになって、筋書きが自然と浮かんでくるんですよね。そして不思議と、同じようにワクワクしてくれる人たちが集まってくる。
私は“パリピ”と“地に足着いてる人”の狭間にいるタイプで(笑)。楽しいことは全力でやりたい。でも同時に、ちゃんと実績として積み上げたい。だから目的地が決まったら、「そこにたどり着くために今やるべき最善のこと」を考えて、あとはもう実行あるのみ!です。
――やりたいことが浮かんでも、ドレチェンレベルになると、実行に移すハードルは相当高いように思いますが。
不思議と、やりたいことがはっきりしたら、必要な人に出会うんです。最初のドレチェンのときも、ショーをやりたいなって妄想していたタイミングで行った起業家のパーティに、のちにドレチェンのヘアメイクをお願いする城野さんがいて。私がやりたいことを言い散らかしていたら、それを知っている人が「今やで、こういうときに声かけ!」って背中を押してくれて、一緒にやることになりました。
半分はセレンディビティ。でももう半分は、ずっと同じことを言い続けているから、誰かが拾ってつないでくれるのだと思います。
あとは……意外と私、安全牌を取りたいタイプなんですけど、なぜか「ジャンプしなよ」って言ってくる人が現われる。
その最たるものが、2024年3月のドレチェンで会場にBillboard LIVE大阪を選んだときでした。正直、「無理じゃない?」って思う規模感と会場代。でも一度その景色が見えてしまったら、もう引き返せなくて。「これがいい」って思ったのに「これでいい」を選ぶのが、どうしても嫌だったんです。自分ひとりのことなら妥協できても、誰かが関わるとなると、絶対にいちばんいい景色を見せたくなる。それで結果的に、300人規模のイベントになりました。

仲間とともに、プロセスを味わう
――なるほど……そうやってスケールアップしてきたのですね。でも、規模が大きくなると仲間も必要になりますよね。
最初は「自分が始めたのだから全部自分でやらないと」って思っていましたが、体が足りなくなって、人にお願いしないと回らなくなったんです。
今パートナーとして一緒にドレチェンをつくっている薫ちゃんも、最初はスタイリングだけお願いしていました。ある日、手が離せなくて「メンバーさんにダンス教えてあげて」って頼んだら、水を得た魚みたいにいきいきしていて。人って、自分の得意な場所に立つとこんなに輝くんだ、だったら遠慮しないで頼めばいいのか、って腹が決まりました。
自分のキャパで考えるより、得意な人に渡したほうが、圧倒的にいいものが返ってきます。軸はぶらさず、舵は渡さず、信頼して任せる。今では、“綱を持つ”のが私の役割だと思っています。
私は引っ張るタイプでもないし、ジャッジもしない。エッジがないのは弱みかなって思った時期もありましたけど、フラットでいられるからこそ、チームで続けていけるのだと思っています。
みんなでやるから楽しい。みんなで味わうからうれしい。みんなで過程を共有しているから、一喜一憂できる。私はドラマやプロセスを味わうのが好きだから、クラファンが合っているのでしょうね。

――美沙紀さんのクラウドファンディングの実績がすごすぎて驚きましたが、その理由が分かった気がします。
2024年からは、アパレルブランドSTELLAvenusをプロデュース。これも大きな挑戦ですね。
ドレチェンに共感してくれても、みんなが舞台に出たいわけじゃないと気づいたのがきっかけです。でも「自分が人生の主役でいたい」「大人になってもやりたいことをやりたい」という気持ちは、みんなの中にある。だったら、その表現のツールのひとつとして、お洋服を手渡せたらいいなと思ったんです。
日本の女性って、年齢を理由にファッションにも制限をかけがちですよね。「短いスカートなんてもう無理」「こんな派手な色、どう思われるかな」って。でもそうやってどんどん制限していったら、自分の人生、一体いつ楽しむの?って思うんです。大人の女性に、自分ではめた枠を外して「めっちゃかわいいやん!」って思ってほしくて、デザインしています。
実は学生時代、バイト代を貯めて1年間ファッションのホリデースクールで勉強していたことがあるんです。ここで伏線回収するのかと思うと、自分でもちょっと愉快になりますね(笑)

在り方を選ぶ、ということ
――女性たちの魅力を引き出すために、「自分を表現する場」を提供してきた美沙紀さん。これからさらに、目指したい景色が見えていたら教えてください。
これまでは、「自分がやりたいことをやる」「自分のためにお金を使う」ことができない女性が本当に多かった。“表現の場”は、最初は“自分ができなかったことをできるに変える場所”なんですよね。
でも、時代的にも副業や起業がずいぶん身近になってきて、そこはクリアできる人が増えてきた印象があります。次のステップとして、表現することで何かを生み出し、自分の才能を誰かの役に立つ形に変えてほしいと思っています。生みだすのはお金じゃなくてもいい。たくさんじゃなくてもいいんです。
そして「やり続けられる人」であってほしい。「自分はこう在りたい」という軸が定まっていれば、自然と続いていくはずです。
今は、いろんな生き方が見えるからこそブレやすい時代ですよね。私自身も模索中です。だからこそ、自分にとって心地いい生き方・働き方を選びとれる女性が増えていったらいいなと思っています。
そんな女性たちと一緒に、いつか大阪城ホールでイベントをできたらな、という野望が私にはあります。
そこへ行く架け橋やパイプのようなものは、ちらほら見えはじめているのだけど、まだバチッとははまらないんですよね。でも、こういうことは言葉にして放っておくのが大事だと思っているので、とりあえず、ここでも言い散らかしておきます!
